さなぎから蝶へ

最近読んださなぎと蝶の物語から、思うところがあった。

ある少女が、偶然見つけたさなぎを大切に育てていた。

そんなある日、さなぎから蝶が出ようともがき始めた。

少女は心配そうに蝶を見た。

半日ももがき苦しんだ蝶は、体が半分出たところで動きが止まった。

既に力が尽きたようだった。

少女は見るに見かねてさなぎに切り目を入れてあげた。

すると蝶が出てきて小刻みに羽を震わせた。

蝶は今にも飛び立ちそうだった。

蝶はさなぎから完全に出て、部屋の中を飛び回った。

でも蝶は天井まで行く前に床に落ちてしまった。

そしてそこで羽ばたきも息遣いも全て止まった。

少女は死んだ蝶をてのひらに乗せて泣き始めた。


蝶は脱皮するために体をねじり続ける。

そうするうちに体は軽くなり羽は強くなる。

その過程を経なければ蝶は飛べないことを、少女は知らなかった。



この話をどの視点で受け取るかは自由。

時と場合によっての置き換えも必要な話。

人がさなぎから蝶に変容するような、形を変える大きな変化の前には、長くもがいている状態かもしれない。

でも自分の力でさなぎから出られた時には、見たこともない景色が広がっている世界を自由に飛べる体験ができる。

この話は、色んな関係性において気づきが多いと感じる。

「過保護」「良かれと思って」という言葉がまず来た。

手を差し伸べるかどうするかは難しいところ。

少女の行動は、ひとつの「愛の表現」だったことは間違いない。

体験しないと分からないこと。

一度体験したら、あとは「見守る愛」として存在するのかどうか。

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